唐詩選卷七 楓橋夜泊
2009-12-07


楓橋(ふうけう)夜泊(やはく)  張継

月落烏啼霜滿天  月落ち烏(からす)啼(な)いて霜(しも)天に満つ
江楓漁火對愁眠  江楓(かうふう) 漁火(ぎよくわ) 愁眠(しうみん)に対す
姑蘇城外寒山寺  姑蘇(こそ)城外 寒山寺(かんざんじ)
夜半鐘聲到客船  夜半(やはん)の鐘声(しようせい) 客船(かくせん)に到(いた)る

【通釈】月は西に沈み、烏が啼いて、霜の気が天に満ちている。
川辺の楓(ふう)と漁火(いさりび)が赤々と、愁いに眠れぬ私の眼前にある。
姑蘇(こそ)の街の郊外、寒山寺――
夜半に撞(つ)く鐘の響きが、私を乗せた旅の船に届く。

【語釈】◇楓橋 江蘇省蘇州の西郊、楓江に架けられた橋。もと封橋と呼ばれていたが、この詩に因み楓橋と呼ばれるようになったという。◇烏啼 夜に啼く烏は昔から詩材とされた。◇霜滿天 地上に降る前の霜の気が天に満ちている。古人は霜は天から降るものと考えた。◇江楓 川辺の楓(ふう)の木。楓はカエデでなくマンサク科の落葉高木フウ(タイワンフウ)。橙色に美しく紅葉する。◇漁火 漁船の灯火。闇の中に赤く輝いている。◇愁眠 旅の愁いのために寝付けず、まどろんではすぐ目が覚めるような浅い眠り。◇姑蘇 蘇州の古名。◇寒山寺 蘇州の郊外にある寺。寒山拾得の住んだ寺として名高い。◇客船 旅人を乗せる船。詩の話手が乗って夜泊している。

【補記】船旅の途中、蘇州西郊の楓橋のほとりに夜泊した時の作。初句「月落烏啼霜滿天」の悽愴たる冬の夜の風情が歌人に愛され、この句を踏まえた多くの歌が作られた。

【作者】張継は中唐の詩人・官吏。襄陽(湖北省襄樊市)の出身。天宝十二年(753)の進士。塩鉄判官などを歴任し、唐朝の検校祠部郎中に至る。博識で公正、すぐれた政治家であったという。『張祠部詩集』一巻に三十余首を残すばかりであるが、『唐詩選』に唯一採られた上掲の七言絶句は傑作として名高い。

【影響を受けた和歌の例】
かささぎの渡せる橋におく霜の白きを見れば夜ぞ更けにける(伝大伴家持『新古今集』)
月に鳴くやもめがらすのねにたてて秋のきぬたぞ霜にうつなる(藤原為家『新撰和歌六帖』)
あけがたのさむき林に月おちて霜夜のからす二声ぞ鳴く(伏見院『伏見院御集』)
月落ちてこほる入江の蘆の葉に鶴のつばさもさやぐ夜の霜(正徹『草根集』)
鳥のこゑに月落ちかかる山の端の木の間の軒ぞ白く明けゆく(同上)
山里はやもめ烏の鳴くこゑに霜夜の月の影をしるかな(心敬『心敬集』)
月落ちて明くる外山の友がらす啼く音も寒き空の霜かな(武者小路実陰『芳雲集』)
待つ頃は杉の葉しろく置く霜に月さへ落ちてからすなくなり(松永貞徳『逍遥集』)

[和歌に影響を与えた漢詩文]

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