白氏文集卷十六 江樓宴別
2009-12-24


江楼(かうろう)宴別(えんべつ)   白居易

樓中別曲催離酌  楼中(ろうちゆう)の別曲(べつきよく) 離酌(り しゃく)を催(うなが)す
燈下紅裙顯榊レ  燈下(とうか)の紅裙(こうくん) 緑袍(りよくはう)に間(まじは)る
縹緲楚風羅綺薄  縹緲(へうべう)たる楚風( そ ふう) 羅綺(らき)薄く
錚〓越調管弦高  錚〓(さうさう)たる越調(ゑつてう) 管弦(くわんげん)高し
寒流帶月澄如鏡  寒流(かんりう) 月を帯びて 澄めること鏡の如し
夕吹和霜利似刀  夕吹(せきすい) 霜に和(くわ)して 利(と)きこと刀(かたな)に似たり
尊酒未空歡未盡  尊酒(そんしゆ) 未(いま)だ空(むな)しからず 歓(くわん)も未だ尽きず
舞腰歌袖莫辭勞  舞腰( ぶ えう) 歌袖( か しう) 労(らう)を辞(じ)する莫(なか)れ

【通釈】楼閣の中、奏でる別れの曲が、訣別の盃を人々に促す。
燈火の下、妓女の紅の裳が、役人の緑衣と入り混じっている。
楚地のかすかな風に、翻る美女の衣服は薄く、
冴え冴えとした越の調べに、管弦の響きは高い。
寒々とした長江の流れは、月光を映して、鏡のように澄み切っている。
夕方の風は、霜の気と相和して、刀のように鋭い。
樽酒はまだ空にならず、交情もなお尽きない。
舞する腰も、歌うたう袖も、労を惜しんではならぬ。

【語釈】◇別曲 別れの曲。◇離酌 別れの盃。◇紅裙 紅の裳。妓女のスカート。◇緑袍 緑色の上着。色によって階級別に定められていた官吏の制服。◇楚風 楚の地を吹く風。楚は長江中流域を領有した国。◇羅綺 羅(うすもの)と綺(あやぎぬ)。美しい衣服のこと。◇錚〓 金管楽器による冴えた音の響き。◇越調 唐楽の音調の一つ。強く、悲痛な調子。◇夕吹 夕風。◇尊酒 「尊」は樽に同じ。◇舞腰 舞う腰つき。◇歌袖 歌い舞う袖。

【補記】長江のほとりで送別の宴を催した時の作。「寒流帶月澄如鏡 夕吹和霜利似刀」の二句が和漢朗詠集巻上冬「歳暮」の部に引かれている。特に「寒流帶月…」は好んで句題とされた。下記引用歌のうち定家第一首と実陰の歌を除き、全て同句の句題和歌である。

【影響を受けた和歌の例】
氷わけ流れにすめる月影はたまくしげなる鏡とぞ見る(大江匡房『江帥集』)
月故ぞ水は鏡となりにける木の葉がくれをはらふ浪間に(慈円『拾玉集』)
にほの海や氷をてらす冬の月浪にますみの鏡をぞしく(藤原定家『拾遺愚草』)
山水にさえゆく月のますかがみ氷らずとても流るとも見ず(藤原定家『拾遺愚草員外』)
いほさきのすみだ河原の川風に氷の鏡みがく月かげ(土御門院『土御門院御集』)
鏡かと氷れる枝の月寒し御室の榊霜白き夜に(武者小路実陰『芳雲集』)
冬の夜もこほらぬみをの一すぢをよすがにやどる月ぞさむけき(加藤千蔭『うけらが花』)
霜氷る葦の枯葉に風さえて月すさまじき淀の川なみ(村田春海『琴後集』)
枝かはす木々のこのはも散りはてて細谷川に月ぞやどれる(熊谷直好『浦のしほ貝』)

[和歌に影響を与えた漢詩文]

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