花悔帰根無益悔 花は根に帰らむことを悔ゆれども悔ゆるに益(えき)なし
鳥期入谷定延期 鳥は谷に入(い)らむことを期(ご)すれども定めて期(ご)を延ぶらむ
【通釈】桜の花は散ってしまったが、閏三月と知って、根に帰ろうとしたことを悔いても、もはやどうしようもない。
鶯は谷に帰ろうと思ったが、閏三月と知って、きっとその日時を延ばしていることだろう。
【補記】出典未詳。作者名は「藤滋藤」とあるが、釈信阿私注によれば作者は清原滋藤。これの影響を受けた「花は根に」「鳥は古巣に」帰るという趣向の歌は夥しい。
【影響を受けた和歌の例】
根にかへる花の姿の恋しくはただこのもとを形見とは見よ(藤原実行『金葉集』)
花は根に鳥はふる巣にかへるなり春のとまりを知る人ぞなき(崇徳院『千載集』)
尋ねくる人は都を忘るれど根にかへりゆく山ざくらかな(藤原俊成『風雅集』)
根にかへる花とはきけど見る人のこころのうちにとまるなりけり(藤原重家『風雅集』)
根にかへる花をうらみし春よりもかた見とまらぬ夏の暮かな(藤原定家『拾遺愚草員外』)
高嶺より谷の梢にちりきつつ根にかへらぬは桜なりけり(藤原良経『秋篠月清集』)
花やどる桜が枝は旅なれや風たちぬればねにかへるらむ(〃)
雪きゆる枯野のしたのあさみどりこぞの草葉やねにかへるらむ(〃)
根にかへる花ともみえず山桜あらしのさそふ庭の白雪(飛鳥井教定『続拾遺集』)
根にかへり雲にいるてふ花鳥のなごりも今の春の暮れがた(伏見院『伏見院御集』)
根にかへり古巣をいそぐ花鳥のおなじ道にや春も行くらん(二条為定『新千載集』)
根にかへる花かとみれば木の本を又吹きたつる庭の春風(正親町公蔭『新拾遺集』)
鳥はまたよそなる谷の桜花ねにかへりても山風ぞふく(冷泉為尹『為尹千首』)
こゑ聞けば古巣をいそぐ鳥もなしまだきも花の根に帰るらん(正徹『草根集』)
根にかへり古巣にゆくも花鳥のもとのちぎりのあれば有る世を(三条西実隆『雪玉集』)
ふるさとへ別るる雁のこゑききて梢の花も根にかへるらん(加藤千蔭『うけらが花』)