井伊氏代々の故城。楽々園あり。
近江の海磯うつ波のいく度も御代に心をくだきぬるかな
葦の辺に〓ゑりおもしろき近江の湖鴨うく秋になりにけるかも
山の上の高きうてなゆ見晴るかす大きみづうみに春日匂へり
わが心ひろしゆたけし春の日を大きみづうみに向ひてあれば
城あとの大竹村は春雨に片なびきせり鶯のなく
琵琶湖の水の瀬田川となりて流れ落つる口に架せり
みつぎものたえずそなふる東路の勢田の長橋おともとゞろに
ふみならす瀬田の長橋霧はれて波のうへゆく望もちづきの駒
近江のやせたのわたりの明方に田上たなかみすぎてなく時鳥
さゞなみのひら山おろし吹あれてあられよこぎる瀬田の長橋
瀬田川の蘆分をぶねさす棹に露とこぼれてたつ蛍かな
蜆とる舟おもしろき勢多川のしづけき水に秋雨ぞふる
石山駅より南二十町。寺内にいはゆる紫式部の源氏の間あり。
あひがたき花のさかりに見つるかなけふ石山の春の月影
岩が根のくすしき山にくすしくも千代ふる寺は尊とかりけり
その昔いとこ等きそひ結びてし紙もあるらし縁結び岩
石山の月にみがきし言の葉の玉の光ぞ世々を照せる
いし山の月夜を清み須磨明石おもかげにして筆やとりけむ
石山駅より大津に到る間。木曽義仲戦死の処。
大びえやをびえの雲のめぐりきて夕立すなり粟津野のはら
大木曽の荒山ざくら末つひに雪と散りゆく粟津野の原
秋雨に粟津野くれば葦の穂に湖うみ静かなり遠山は見えず
大津より近し。
膳所の町湖添うみぞひ道の真昼日の袖の下より飛ぶつばくらめ
夕されば波さわ立ちて帰る帆の風に高鳴る矢走舟やばせぶねかも
草津より近し。
明日も来む野路の玉川萩こえて色ある波に月やどりけり
秋萩の花の影さへ匂ふなりぬれて渡らむ野路の玉川
望月の駒ひきわたす音すなり瀬田の長道橋もとどろに
夜をこめて朝たつ霧のひまひまにたえだえ見ゆる瀬田の長橋
にほの海やかすみて暮るる春の日にわたるも遠し瀬田の長橋
都にも人や待つらむ石山の峰にのこれる秋の夜の月
うづらなく野ぢのたま川けふみれば萩こす波に秋風ぞふく
今ぞみる野ぢの玉川尋ねきて色なる浪の秋の夕ぐれ
紫の色なる波もくくるらし萩ちる頃ののぢの玉がは
鷺あさる野ぢの玉川きてみればつばさ色なる萩が花ずり
萩が枝の末はさざれに流れあひて波も花なる野路の玉川