春日山の麓にあり。
藤の花なびきて匂ふ朱の廊に日傘して入る春日少女ら
馬酔木あしびなど媚ぶるがごとくほの匂ふ春日の杜の春の夕ぐれ
いくさ神がみ武甕槌たけみかづちも白藤の春日にませばみやび男をさびて
笏拍子さくはうし梅がえうたふ宮つこの白きひげ吹く初春の風
奈良の鹿は優しき目して物古りし燈籠のかげに吾を見まもる
春日野の飛火の野守出でて見よ今幾日いくかありて若菜つみてん
春日野の雪間を分けて生ひ出くる草のはつかに見えし君はも
春日野に若菜を摘めば我ながら昔の人の心地こそすれ
春日野や小鹿むれゆく曙を杉の若葉に小雨そぼふる
鹿守が鳴らすラツパの声ひゞき馬酔木の陰はくれそめにけり
鹿のむれ秋の暮るゝも知らであり枯草原をと行きかく行き
餌を乞ふとまつはる鹿を恐れつゝ杉の木かげを吾子は動かず
奈良市の東方に聳ゆ。
雨あまごもり心いぶせみ出で見れば春日の山は色づきにけり
我が行くは憶良の家にあらじかとふと思ひけり春日の月夜
春日山小鹿のむらとわがそでに美しくちる山桜かな
めづらしき今日の春日の八乙女やをとめを神もうれしとしのばざらめや
春日山しづかなる世の春にあひて花さくころの宮めぐりかな
春日野に煙けぶり立つ見ゆ娘子をとめらし春野のうはぎ摘みて煮らしも
春日野は今日はな焼きそ若草のつまもこもれり我もこもれり
春日野の若紫の摺り衣しのぶの乱れかぎり知られず
春日野の若菜つみにや白妙の袖ふりはへて人のゆくらむ
春日野の下もえわたる草の上につれなく見ゆる春のあは雪
かすがの に おし てる つき の ほがらか に あき の ゆふべ と なり に ける かも
今朝の朝明あさけ雁がね聞きつ春日山もみちにけらし我が心痛し
春日山霞たなびき心ぐく照れる月夜に独りかも寝む
春立つとききつるからに春日山きえあへぬ雪の花と見ゆらむ
あまの原ふりさけ見れば春日なる三笠の山に出でし月かも
いづこにもふりさけ今やみかさ山もろこしかけて出づる月かげ