写真は書写山円教寺(兵庫県姫路市)。
姫路の南、播磨灘に臨む、播但線の起点。
わたつみの海にいでたる飾磨川絶えむの心わが思はなくに
大石良雄等四十七士の故城。那波駅の南三里。
夕日さす浜辺の薄わけゆけばやがて赤穂の里も見えけり
播磨国印南郡の野。今の兵庫県加古川市から明石市にかけての丘陵地にあたる。「いなびの」とも言い、「稲日野」「稲美野」などとも書いた。聖武天皇行幸の地。安貴王の歌により柏の名所とされた。王朝和歌では「否み」に掛けて用いられることもある。
柿本朝臣人麻呂、筑紫の国に下る時に、海路にして作る歌(万葉集)
名ぐはしき印南いなみの海の沖つ波千重に隠りぬ大和島根は
印南野いなみのの赤ら柏は時はあれど君を我あが思ふ時はさねなし
いなび野にむらむらたてる柏木の葉広になれる夏は来にけり
加古川河口の三角州かという。
柿本朝臣人麻呂の羇旅の歌(万葉集)
稲日野いなびのも行き過ぎかてに思へれば心恋しき加古の島見ゆ
かこの島松原ごしになく鶴たづのあなながながし聞く人なしに
かこの島松原ごしに見わたせば有明の月に鶴たづぞなくなる
播磨国の歌枕。今の兵庫県高砂市の加古川河口付近という。松・鹿の名所。また大江匡房の歌などにより桜の名所ともされた。但し元来は地名でなく単に高い山を指す語ともいい、また「高砂の」を「尾上」にかかる枕詞として用いたかと見られる例もある。
かくしつつ世をやつくさむ高砂の尾上にたてる松ならなくに
秋萩の花さきにけり高砂の尾上の鹿は今やなくらむ
誰をかも知る人にせむ高砂の松もむかしの友ならなくに
みじか夜のふけゆくままに高砂の峰の松風吹くかとぞ聞く
秋風のうち吹くごとに高砂の尾上の鹿のなかぬ日ぞなき
高砂の松にすむ鶴冬くれば尾上の霜やおきまさるらむ
高砂の尾上の桜さきにけり外山の霞たたずもあらなん
高砂の尾上の松に吹く風のおとにのみやは聞きわたるべき
高砂の松と都にことづてよ尾上の桜いまさかりなり
吹く風の色こそ見えね高砂の尾上の松に秋は来にけり
姫路市の山。山上に性空上人開創の円教寺がある。
冥くらきより冥くらき道にぞ入りぬべきはるかに照らせ山の端の月
一品経を書写山におくるとて、そへて侍りける歌の中に
種まきし心の水に月すみてひらけやすらん胸の蓮も
飾磨川、飾磨の市、飾磨染め(褐かち染め)などが歌に詠まれた。飾磨川は今の船場川。姫路市で瀬戸内海に注ぐ。