白氏文集卷十八 春至
2010-02-16


春至る   白居易

若爲南國春還至  若為(いかん)せん 南国 春還(ま)た至るを
爭向東樓日又長  争向(いかん)せん 東楼(とうろう) 日又長きを
白片落梅浮澗水  白片(はくへん)の落梅(らくばい)は澗水(かんすい)に浮(うか)ぶ
黄梢新柳出城墻  黄梢(くわうせう)の新柳(しんりう)は城墻(せいしやう)より出でたり
閑拈蕉葉題詩詠  閑(しづ)かに蕉葉(せうえふ)を拈(と)り 詩を題して詠じ
悶取藤枝引酒嘗  悶(むすぼ)れて藤枝(とうし)を取り 酒を引きて嘗(な)む
樂事漸無身漸老  楽事(らくじ) 漸(やや)く無くして 身漸(やや)く老ゆ
從今始擬負風光  今より始めて擬す 風光に負(そむ)かんことを

【通釈】おのずから、南国に再び春が巡って来る。
止めようもなく、官舎の東楼に射す日が永くなる。
白い梅の花びらが散って、谷川の水に浮かんでいる。
黄の新芽を出した柳の梢が、群衙の城壁にはみ出ている。
暇にまかせ、芭蕉の葉を折り取って詩を書き付け、
気がふさげば、藤の枝を折り取って酒を吸い飲む。
楽しみは年とともに無くなり、我が身はだんだん老いてゆく。
ようやく思い決めた。華やかな春ももはや私には無縁、風光に背を向けて生きようと。

【語釈】◇若爲・爭向 いずれも当事の俗語で、文語の「如何」にあたるという。「どうしようもない」ほどの意。◇南国 忠州を指す。今の重慶市忠県。夏は炎暑の地となる。◇藤枝 鈎藤の茎。この藤は漢方薬に用いられる鈎藤で、茎が中空なので、ストローのように用いることができるという。◇負風光 季節ごとの遊興などと無縁に生活すること。

【補記】江州を離れ、忠州(重慶市忠県)に赴任して二年目の春、作者四十九歳の作。『和歌朗詠集』巻上「梅」に第三・四句が採られている。また『千載佳句』の「梅柳」にも。第三・四句「白片落梅浮澗水」「黄梢新柳出城墻(牆)」をそれぞれ句題とした和歌が慈円・定家・寂身の家集に見える。また第三句を句題とした和歌が土御門院の御集に見える。

【影響を受けた和歌の例】
雪をくぐる谷の小川は春ぞかし垣ねの梅の散りけるものを(慈円『拾玉集』)
春の宿のつづく垣ねを見わたせば梢にさらす青柳の糸(同上)
白妙の梅咲く山の谷風や雪げにきえぬ瀬々のしがらみ(藤原定家『拾遺愚草員外』)
この里のむかひの村の垣ねより夕日をそむる玉のを柳(同上)
あしびきの山路の梅や散りぬらん色こそにほへ水のしら浪(寂身『寂身法師集』)
見わたせば垣ほの柳うちなびき都にふかきあさ緑かな(同上)
ながれくむ袖さへ花になりにけり梅散る山の谷川の水(土御門院『土御門院御集』)

[和歌に影響を与えた漢詩文]

コメント(全2件)


記事を書く
powered by ASAHIネット