白氏文集卷十二 長恨歌(三)
2010-08-30


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長恨歌(ちやうこんか)(承前) 白居易

歸來池苑皆依舊  帰り来たれば池苑(ちえん)は皆旧に依り
太液芙蓉未央柳  太液(たいえき)の芙蓉 未央(びあう)の柳
對此如何不涙垂  此(これ)に対して如何(いかん)ぞ涙垂れざらん
芙蓉如面柳如眉  芙蓉は面(おもて)の如く 柳は眉の如し
春風桃李花開日  春風(しゆんぷう)桃李(たうり) 花開く日
秋雨梧桐葉落時  秋雨(しうう)梧桐(ごとう) 葉落つる時

【通釈】都の宮殿に帰って来ると、林泉は皆昔のままで、
太液の池には蓮の花、未央の宮には柳の枝。
これらを目の前に、どうして落涙せずにおられよう。
蓮の花は亡き妃のかんばせのよう、柳の葉は眉のよう。
春風が吹き、桃や李(すもも)が花開く日も、
秋雨が降り、梧桐の葉が落ちる時も、妃を思わずにはいられない。

【補記】第五十七句より六十二句まで。乱が収まり長安の宮城に戻った皇帝の哀傷の日々。季節は春から秋へ移る。和漢朗詠集巻下恋に「春風桃李花開日 秋雨梧桐叶落時」が引かれている。以下、句題別に影響歌を挙げる。

【影響を受けた和歌の例】
・帰来池苑皆依旧(池苑依旧)
からころも涙に濡れてきてみればありしながらの秋は変はらず(藤原高遠『大弐高遠集』)
草も木も昔ながらの宿なれど変はらぬものは秋の白露(源道済『道済集』)
・太液芙蓉未央柳
はちすおふる池は鏡と見ゆれども恋しき人の影はうつらず(藤原高遠『大弐高遠集』)
・秋梧桐葉落時
木の葉散る時につけてぞなかなかに我が身のあきはまづ知られける(藤原高遠『大弐高遠集』)
・その他(句題を提示していない歌)
帰りきて君おもほゆる蓮葉に涙の玉とおきゐてぞみる(伊勢『伊勢集』)

西宮南苑多秋草  西宮(せいきゆう) 南苑(なんえん) 秋草(しうさう)多く
落葉滿階紅不掃  落葉階(かい)に満ち紅(くれなゐ)掃(はら)はれず
梨園弟子白髮新  梨園(りゑん)の弟子(ていし) 白髪(はくはつ)新たに
椒房阿監娥老  椒房(せうばう)の阿監(あかん) 青蛾(せいが)老いたり

【通釈】西の内裏や南の庭園には秋の色づいた草が多く、
階(きざはし)にいちめん降り積もった紅葉は掃除もされない。
歌舞団の練習生たちも白髪頭になり始め、
後宮の女房たちの青蛾の眉も老けてしまった。

【補記】第六十三句より六十六句まで。宮城の寂寞たる秋、そして歳月のうつろいを叙す。

【影響を受けた和歌の例】
・「西宮南門多秋草」の句題和歌
九重のたまのうてなもあれにけりこころとしける草の上の露(藤原高遠『大弐高遠集』)
・「葉満階紅不掃」の句題和歌
落ちつもる木の葉木の葉はおのづから嵐の風にまかせてぞ見る(藤原高遠『大弐高遠集』)
・その他
くれなゐに払はぬ庭はなりにけり悲しきことの葉のみつもりて(伊勢『伊勢集』)
恋ひわぶる涙の色のくれなゐをはらはぬ庭の秋の紅葉ば(平親清四女『親清四女集』)
冬きては何を形見とながめまし浅茅が原も霜枯れにけり(平忠度『忠度集』)

夕殿螢飛思悄然  夕べの殿(との)に蛍飛びて思ひ悄然(せうぜん)たり
秋燈挑盡未能眠  秋の燈(ともしび)挑(かか)げ尽くして未だ眠る能(あた)はず
遲遲鐘漏初長夜  遅遅(ちち)たる鐘漏(しようろう) 初めて長き夜
耿耿星河欲曙天  耿耿(かうかう)たる星河(せいか) 曙(あ)けんとする天
鴛鴦瓦冷霜華重  鴛鴦(ゑんあう)の瓦(かはら)は冷ややかにして霜華(さうか)重(しげ)く
舊枕故衾誰與共  旧(ふる)き枕 故(ふる)き衾(しとね) 誰と共にせん
悠悠生死別經年  悠悠(いういう)たる生死 別れて年を経(へ)たり
魂魄不曾來入夢  魂魄(こんぱく)曾(かつ)て来(きた)


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[和歌に影響を与えた漢詩文]

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