南北朝の昔、後醍醐天皇行宮あんぐうのところ。
都だにさびしかりしを雲晴れぬ吉野のおくの五月雨の頃
吉水神社より谷を隔ててあり。
くち残る矢の根のあとを栞にて千代もつらぬく道求めてむ
植ゑおかば苔の下にもみよしのゝみゆきの跡を花やのこさむ
芳野山花のさかりはなかなかに都の春やおぼし出でけむ
吉野の奥金峰神社より右に数町の山ふところにあり。
とくとくと落つる岩間の苔清水汲みほす程もなき住居かな
吉野山の奥。吉野又は熊野より入る。
わけ来つる小笹の露にそぼちつゝほしぞわづらふ墨染の袖
寂寞の苔の岩戸のしづけさに涙の雨のふらぬ日ぞなき
吉野山の麓を西へ流る。下流を紀の川といふ。
吉野なる夏箕の川の川淀に鴨ぞなくなる山かげにして
吉野川春の渚に糸たれて花に鰭ふる魚を釣るかな
川中の岩畳縦に切りとほし筏の道が作りてありぬ
ほのじろき瀬霧のなかを灯ひが動く夜釣の人の岩移りかも
上市の東五十町、吉野川の上流にあり。上代の吉野離宮の旧地といふ。
淑よき人のよしとよく見てよしと言いひし吉野よく見よ淑よき人よく見つ
み吉野を我が見に来ればおちたぎつ滝のみやこに花散り乱る
これより和歌山線に帰りて西へ吉野川の沿岸を下る。
南朝賀名生の行在は五条駅より南二里にあり。
忘れめや御垣にちかき丹生にふ川の流にうきてくだる秋霧
大峯にて思ひもかけず桜の花の咲きたりけるを見てよめる
もろともにあはれと思へ山ざくら花よりほかにしる人もなし
大峰の生しやうの岩屋にてよめる
草の庵なに露けしと思ひけむ漏らぬ岩屋も袖はぬれけり
大峰の深仙と申す所にて、月を見てよみける
深き山の峰に澄みける月見ずは思ひ出もなき我が身ならまし
修行の次ついでに大峰の花を見侍りける事を、年へて後思ひ出でてよみ侍りける
尋ねばや芳野のおくの山桜みし世の花もなほや残ると
吉野川岩波高く行く水の早くぞ人を思ひ初めてし
吉野川岸の山吹ふく風にそこの影さへうつろひにけり
吉野川岸の山吹咲きにけり嶺の桜は散りはてぬらむ
み吉野の象山きさやまの際まの木末こぬれにはここだも騒く鳥の声かも
我が行ゆきは久にはあらじ夢いめの曲わだ瀬とはならずて淵にてありこそ
昔見し象きさの小川を今見ればいよよ清さやけくなりにけるかも