小田原より南方約六里の海岸にある温泉地。
伊豆の国山の南に出づる湯のはやきは神のしるしなりけり
渡つ海の中に向ひていづる湯のいづのお山とうべもいひけり
伊豆山のつら〓〓椿花ゆ花に小鳥あさるなりながき春日を
なみの音を日々の友とし暮す身に海静なるは物たらぬかな
あたたかき弥生なかばを伊豆山のだん〓〓畑麦長うして
波にまかれよせては返す磯の小石音の寒しも日のくれゆけば
梅雨さみだれのふりみふらずみ濃く薄く墨絵に似たる伊豆の島山
小田原より南方七里の海岸にある温泉地。
伊豆の海のかつをつり舟幸を多みゆくら〓〓に漕ぎ帰るみゆ
しづかなるあたみの浦の春雨に釣する海人の船ぞかずそふ
いつまでもここに住まばや大島も小島もおのが物がほにして
吹く風に浪のうき霧ややはれて錦が浦ぞ月になりゆく
伊豆の海静かに晴れて大島の三原の山に雪降れる見ゆ
雨晴れて海の静けさ初夏の沖の初島ねむれるごとし
大戸あけて買物に出づる夜の女湯の里なれば艶なる初春
明わたる浦の初島はつ雪のちりかふ空に千鳥なくなり
梅林の梅まだ早し人稀に蜜柑うる子の寒き顔かな
線ひきて汽船ふねは伊東へ出でにけりその道たどりわが心ゆく
海静かに伊豆山沖の真白帆の二枚張まで見ゆるあかるさ
また十国峠といふ。
富士の嶺もあしたか山もうち霞み楽しみてこし心たがひぬ
日金山十国のながめ春の日をひねもす見てもあかじとぞ思ふ
雲の影ちがやの山を走りゆけばほじろ山がら空にむれ立つ
熱海より南方数里の海岸にある温泉地。
船酔も忘れはてつつ湯の宿のおばしまによりて海を眺めぬ
真昼日のまぶしき庭のかたすみの百日紅に海の風ふく
音無の森の朝かぜ秋めきてあるかなきかの虫の声する
雨の日や貝がらちれる磯町をありきなづみぬ病む子たすけて
若々しき湯女ゆなのわらひ声海の音鶯のねに一日くれぬる
伊豆南端の港。
秋風の天城嶺ねこえて此夕べ下田の海に雁が音きゝぬ
伊豆の海の下田の港そのかみを忍びつつ沖の波をみるかな
街道を遠く来ぬれば田の果に下田は煙うちなびきつつ
大島を背面そがひになして行く舟の真帆吹き送る山おろしの風
影ともにふもとの海に落ちてけり東あづまの月のいづの山風